金剛の杵(きね)から(令和3年4月法話)
常に右手に金剛の杵を持って、お釈迦様の側におられる金剛手菩薩を見たアジャセ王は、
「あの金剛手が持っている金剛の杵は、どれほどの重さがあるのだろう。
金剛手は無双の怪力で、あの杵を軽々と持っているが」と思っていると、
それを見抜いた金剛手菩薩が、
「アジャセ王よ。この杵は持つ人の心の持ち方で、重くも軽くもなる不思議な杵です。
自分には力があるとか、神通力があるとか、少しばかりの力量を頼んで高慢な心を持っている人が、この杵を持ち上げようとしても、
この杵は、その人の高慢な心を打ち懲らしめるために、微動だにしない。
だが、正直で謙遜の心ある人々は楽に持ち上げることが出来る不思議な杵です。
どうです大王、ここに金剛杵を置きますから、試しに持ち上げてごらんなさい」と。
根が負けず嫌いで、力にも自信があったアジャセ王は、
「いかに不思議な杵でも、動かないことはないだろう」と内心おごり侮った気持ちを持ちながら、
「では、動かしてみましょう」と、杵に手を添え動かそうとしますが、動きません。
全力を出しても、金剛の杵はびくともしません。
驚いたアジャセ王は、側にいた帝釈天に「杵を動かしてみたら」と言います。
言われた帝釈天は「大王の度肝を抜いてやろう」という高慢な気持ちを持って挑みます。
しかし、金剛の杵は微動ともしません。
それで、お釈迦様のお弟子の中でも神通力第一と言われる目連(もくれん)尊者に勧められます。
目連尊者は恥をかきたくないとの思いを抱いて、神通力を以て金剛の杵を動かそうとしますが、やはり動きません。
お釈迦様が説かれます。
「菩薩の威力と、その加持の力とによって、菩薩以下の人では、何びとでも動かすことが出来ない」と。
そしてお釈迦様は菩薩の不思議力について説かれますが、聴衆は合点がいかないようです。
そこで、金剛手菩薩に金剛の杵を扱わせます。
自由自在に金剛の杵を扱う様子を見て、聴衆はようやく納得しました。
☆ ☆
菩薩以下の人では扱うことが出来ない「金剛の杵」があることを知りません。
お釈迦様がお話しくださることも、無条件に信じることが出来ません。
知らない事が多いこと、を知ることが大事です。
そして、お釈迦様を本当に信じるのならば、自分の思いを捨てて、無条件に信じられることが大事だと思います。
勿論それは、正しい仏様であり、正しい教えであることが、絶対条件です。
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